2007年05月
特守の余韻
- 2007-05-11 (金)
- ワタシノヒシャタイ
「ほら、そこっ。下がるなって何度も言ってるだろう」
コーチの檄が飛ぶ。容赦なく外野にボールが上がる。
電車が止まるような風の強い一日。ノックで上がったボールは風で力なく左右に揺れる。
「こらっ、ちゃんと取れっ。最後までボールを追う、ほらもう一回だぞ」
外野手の特守は昼時を過ぎても終わる気配を見せなかった。
メンバーは怪我で調整している選手と調整中のベテランとルーキーが二人。
特にしごかれているのはもちろん、ルーキー達。
終わった後、ボールの片付けをしながら、二人のルーキーはコーチに見えないところで小さく拳と拳を合わせた。
周りが次々とグラウンドを後にする中、一人のルーキーは荷物を広げてスパイクについた土を丁寧に払った。
スプレーをかけ、丁寧に磨く。時々日の光にすかしながら、丁寧に丁寧に。
時折、磨いた靴を眺め、満足そうな笑みを浮かべる。上手く磨けたようだ。次にもう片方のスパイクも磨き、丁寧に袋にしまう。
次はグラブ。球団のマスコットが刺繍された黄色いグラブにオイルをつけながら少しずつ磨く。
ポケットを叩いて少し首をかしげ…不満そうな溜め息をつく。
「グラブ…換えようかな」
どうやらグラブの磨きには満足がいかないようだ。それでも納得がいくまでタオルでこすって隙間もゆっくりと拭いていく。グラブをはめて手のひらを開いたり閉じたりしながら柔らかさを確かめているのだろうか。
しばらく、繰り返し。時折、手でグラブの外側を動かしながら。
最後にボールをグラブに収め、ぎゅっと閉じて、丁寧に袋にしまう。
「今日も一日ありがとうございました!」
と道具につぶやきながら。
「さぁ、明日からまた試合がんばろう」
プロになると用具は頼めばすぐにもらえると聞いていた私は、一人居残り、道具を磨く彼の姿を見てなんだかとてもうれしくなった。
小さい頃、野球がやりたくてグラブを買ってもらった。うれしくて枕元に置いて、汚いと母親に怒られて。
キャッチボールしたら必ず磨いていたっけ。そんなことをふと思い出した。
ルーキーの彼もきっと原点は同じなんだろうな。
小さい頃から練習が終わる度に道具を磨いてきた。毎日毎日。そしてこれからも磨き続ける。
そんな毎日の先にある一軍のグラウンドを目指して。
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ブルペンのルーキー
- 2007-05-05 (土)
- ワタシノヒシャタイ
都心からさほど遠くないベッドタウンにその球場はある。
ベッドタウンと言っても少し駅から離れると緑の多いのどかなところだ。
オーナー会社の敷地を間借りしたその球場は、二軍とはいえ野球を見せるのが商売のプロ野球の球団の舞台とはお世辞にも言い難い。
土手に取ってつけたような観客席。5回裏後には選手総出でトンボがけ。選手の控え席は網一枚でしきられただけで観客のヤジも選手の世間話もどちらもつつぬけ。
それでも許されてしまうようなノドカさがその球団にはあった。一軍の球場ですらガラガラで万年Bクラスの不人気球団。ましてや二軍球場だから、無防備でも騒ぎにもならない。
選手との距離の近さに魅せられて通うようになってからもうだいぶ経つ。ピッチャーに惹かれることが多い私にとって、その球場にはものすごく魅力を感じる場所があるから。
ブルペンー
ピッチャーが登板前に肩をつくり調整していく場所。マウンドで輝くために、落ち込んだ調子を戻すために投手達汗を流す場所。
ほとんどの球場で室内にもしくは遠い場所にあるブルペンがその球場では入り口横の最も目立つ場所にある。最初にそのブルペンを目にしたとき衝撃を受けた。その球場の無防備さと魅力の象徴と言っても過言ではない。
***
その投手を見たのは、残暑の厳しい夏の日のことだった。動いていても止まっていてもとまらないじんわりとした汗が気持ち悪い…と思いながら何の気なしにブルペンでカメラを構えていた私。
ブルペンでは、何人かの中継ぎピッチャーに混じって、一人の見慣れないピッチャーがキャッチボールを始めていた。
知らないな…サウスポーか…
チラッと眺めて特に関心もなく、他のピッチャーにカメラを向けた。
このブルペンはホント写真を撮るには魅力だなぁ…そんなことを考えながらファインダーを覗いていた私に衝撃が走った。
…音が聞こえた。
その音を文字にすると、とても間が抜けてしまうのが悲しい。
ヒュウッ、ダンッ。
空気が横に斬れる、そしてミットにボールが収まる。カマイタチが見えたらこんな感じなんだろうか…
今だから冷静に表現を探すこともできるがその時の私といえば、すっかり驚いてしまって、気づいたら必死にシャッターを切っていた。目もくれなかったピッチャーに。
今見ると光が入りすぎて、ちょっと白っぽくなってしまった写真が何枚か手元に残っている。撮るのに精一杯、と言った感じのショットだが、表情は良くでている。
食いしばった口元に勝ち気そうな目。幼さが残る顔立ちは、その年の高卒ルーキー唯一のピッチャーだった。
帰り際。サインをせがむ子どもたちに黙ってサインをし続ける横顔はまだ残暑の余韻が残っていて少し赤かった。
慣れない手つきでペンを走らせる姿を眺めながら、今度はマウンドで投げている姿が見たいなと思った。
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